オリジナル 大統領の休日~the Secret of Presidents!~

大統領。

 それは共和国における元首。

大統領。

 それは行政権の最高首長。

大統領。

 それは、選ばれた人。

大統領の休日~the Secret of Presidents !~

「……あぁ、そうだ…すぐに頼む。どうにかして今日中に捕まえておいてくれ。今日中であれば、どんなに遅くなっても構わない……あぁ、任せたぞ」
 街灯を鈍く跳ね返す黒光りの車の中で、男は電話を切り足を組み直した。現在の空と同じ色をした切れ長の目は既に瞼の裏へと隠されている。
 捕まるだろうか。…いや、捕まえてもらわないと困る。
 まだ会った事もないその人物に淡い思いを馳せながら、温いまどろみの中で男は眠りに落ちた。

*****

 目を覚ますとそこは車の中だった。頭が未だ完全な覚醒を終えていない。薬を嗅がされたような妙な感覚が、僅かな痺れとして体に残っている。

 薬……?

 脳が急激に覚醒をする。うっすらとしか開けなかった瞼を無理やりこじ開け、目を見開く。故意的に伸ばされた前髪に隠れていない方の蒼の目がキョロと辺りを見回した。
 …ただの車じゃない。椅子の座り心地も良いし、何より車内のスペースがやたらと広かった。どう見ても高級車だ。
 体を起こそうと試みるが上手く力が入らず、おまけに両の手と足を縛られているらしい。なにより心配にさせられたのは命と同等か、もしくはそれ以上の価値をもつ“相方”が側になかったせいだ。女は自分の落ち度を呪った。

どこに連れて行かれているのかは皆目見当もつかないが
今度こそ、死ぬかもしれない。

 車が急ブレーキをかけたのは丁度その時だった。

*****

「…これは驚いた。噂の凄腕剣士は女性だったのか……!」

 ただっ広い部屋に居たのは足を組んで黒いソファに座った男、ただ一人だった。夜色の瞳が全身を眺め回すのを見ている限りでは、今のところ何の敵意も殺意も感じられない。強そうか弱そうかと訊かれたら、間違いなく弱そうな奴だと答えるだろうな、とリーヤは思った。
「―― あぁ、失礼。初対面の女性に対する態度じゃなかったね」
「随分な待遇をしてくれたものだ」
 すまなかった、と男はおもむろに立ち上がり、リーヤの背後で静かに控えていた体格の良い男を退室させる。部屋に二人きりになったのを確認すると、未だ解かれていなかった腕の戒めもすんなり取ってくれた。

 ……さっぱり、わからない。

「…さて。改めまして、君が金さえ積めば100%の護衛をしてくれるっていう剣士さんで間違いないね?」
「…依頼か」
「少し急ぎだったものでね。手荒な真似をして本当にすまなかったよ」
 まぁ座ってと男は再びソファに腰掛け、リーヤにも勧めてくる。正面のソファに陣取ると、丁度男の頭の真上にほとんど満月とも言える月が見下ろしていた。
「それで、早速なんだけど」
「待て」
「ん?」
 整った手を絡め膝の上に乗せた男は、その切れ長の細めた目でこちらを見据えた。初見の印象通り、強くはなさそうなのだが、どこか権力的な力を感じる。目力がある、というのだろうか。
「先に、報酬について聞いておきたい。金額によっては帰らせてもらう」
 その言葉を聞いた男は、何を思ったのか吹き出した。
「やっぱりそこが大切なのか。出せと言われればいくらでも出してあげるよそんなの」
「万でも億でもか」
「ああ、万でも億でも兆でも。なんなら通帳見る?」
 未だ口元に笑みを浮かべたまま男が足を組み直す。
「それより私としては、依頼を受けてくれるかどうかだけははっきりさせて欲しいんだよね。報酬は、君が私の依頼を成功してから君に好きな額を決めてもらうよ。…はい、これが契約書だ。今言った事が書いてあるはずだから、目を通して。ちゃんと隅々までね。…それから、これ。同意して依頼を受諾してくれるなら、ここにサインと拇印押して」
 手際良く次々と並べられていく物をリーヤは順番に眺める。どれを見ても、明らかに高級そうなものばかりだ。とりあえず「契約書」だと言われた紙を手にし目を通すと、確かにそこには言われた通りの事が過不足なく書いてあった。
 正直言うと、断る理由も特にないのだ。護衛といえば魔法使いを雇うのが一般的な世の中で、剣士を雇おうというのはあまりいない。あの男は初めに自分を『噂の凄腕剣士』と呼んだが、確かに他の雇われ業をしている剣士に比べればそこそこ良い方と言えれど、そこまでの評判を上げる程の仕事量をこなしてきたとは到底リーヤ自身も思えなかった。
 そして、惹かれることは、もう一つあった。

「――…わかった。受諾しよう」
「ありがとう」
 書類を完成させて男に返すと、男は安心したように息を吐き出してリーヤに微笑む。
「今日中に契約出来てほっとしたよ。それじゃ、依頼の話をしようか」
 何時の間にか男とリーヤの前にはそれぞれ紅茶の入ったカップが置いてあった。しかしリーヤはそれを僅かにも不思議とも思わず、自然にカップを手に口へと運ぶ。―― それだけ、この「不自然なカップ」は自然と現れたのである。
「――と、その前に自己紹介をしていなかったね」
 これまた失礼をした、と今度は男は手を差し出した。
「私はディア。ディア・レインディア・ティーディア。ええと……君は」
「リーヤ、で構わない」
「わかった。よろしく、リーヤ」
 申し訳程度に握手を交わす。
「依頼は別に難しいことはない。ただの護衛だ」
「期間は?」
「明日、丸一日」
「一日?」
 それだけでいいのか、と思わずリーヤは聞き返す。そんな短期間の護衛だけで、彼は希望の金額で報酬を払うというのだ。今まで出会ったことのないケースだった。
「……ごめん、さっきから気になってたんだけど…君さァ」
「ん?」
 温かく、微かに甘い紅茶で喉を潤しながら蒼の目を向ける。
「僕が誰だか、知ってるよね?」
「新手のナンパか?」
「違うよ。そもそもナンパなんてする必要僕にはないし。…じゃなくて。本当に、僕のこと、知らないの?」
「知らないとマズイのか」
「マズイも何も」
 ディアは大きな手で目を覆い隠して溜め息をついた。

「僕はこの国の大統領だよ?」

 カップを落としそうになった。――否、確かに落とした筈だがカップは割れる音を一切立てなかった。
 古い振り子時計の12時を告げる鐘の音がいやに大きく響いたせいだろうか。…それとも。
 まだ会話の途中だというのにリーヤはえらく眠くなった。どうにかして意識を保とうと試みても、その心地の良い睡魔は彼女の瞼をそれ以上開かせはしなかった。

 そのせいか、大統領の姿が3人になったところで、リーヤは完全に眠りの世界へと落ちたのであった。

*****

 ――まあ、まだお若かったのに……
 ――お気の毒よねぇ
 ――それに子供だって……
 ――えぇ、まったく

 久しぶりに夢を見た。夢の主人公である幼い時の彼女を遠巻きに見つめながら、リーヤは苦い気持ちになる。
 まだこの時は隠していなかった蒼でない方の目も含め、少女の両目はじっと目の前の2つの棺桶へと注がれていた。
 しかし少女はまるで「人形」だった。
 少女は泣かなかった――否、泣けなくなってしまっていたのだ。

 ――なんて子でしょう! 実の両親が亡くなったというのに、涙も流さないだなんて
 ――心がないのかしら。だって、見ましたでしょう、あの子の「目」…
 ――えぇ、あんな「目」を持つ「人間」だなんて、初めて見ましたわ
 ――「呪われた子供」なんて言われても可笑しくないわよねぇ

 無意識のうちだった。引き抜いた幻想の剣が2人の女性の胴体をなぎ払う。
 だがそれがどんな影響も与えていないことなど彼女にはわかりきっていた。
 だから剣を捨て耳を塞いだ。
 それでも頭の中を震わせて声は進入してくることを彼女は知っていた。

 言うな
 その先を、言うな
 そんなこと言われなくてもわかってる
 こんな得体も知れない「目」を持つ人間など、存在してはならないと

 わかっている
 私は「呪われた人間」なのだ、と
 呪われた、人間……なんだ――

*****

 明るい光が目を刺した。眩しいほどの太陽光が朝を告げているのを感じ取り、瞼を持ち上げる。
「オッド・アイ?」
「!?」
 視界一杯に映っていたのは空色の瞳をした少年だった。あまりの近さに瞬きをした世界はいつもよりも広い。
 手を伸ばし自身の顔に触れ、普段は片目を隠すために常に垂らしておいている前髪が横に除けられていることに気付いた。ということは、今両目が、外界に曝されている――!
「み、るな!!」
「あ」
 慌てて戻した前髪によって、彼女のもう片方の目――鮮血のような紅のそれは、すっかり隠れてしまった。
「…なんで隠すんだよ。目ぇ悪くなるぞ」
「…ぅるさいっ! お前には関係ない!! ……というか」
 改めてリーヤはまじまじと少年を観察する。そして首を傾げ。
「誰だ、お前」
「昨日の依頼主さー」
「……大統領は? もう仕事に出たのか」
「いーや、今日はオフの日だから」
 ん、と何かひっかかるものを感じた。昨日の依頼人は大統領で、それは今日一日、“彼自身”を護衛することだった。…護衛を依頼しておきながら、護衛を置いてどこかに出かけるなど有り得るだろうか。

「ディアー! ご飯出来たよー」

 隣りの部屋から聞こえてきた声も少年のものだ。
「ああ、今行く! …ほら、朝食食いに行くぞ」
「え、あ、おいっ」
 しっかと腕を掴まれて、有無も言えぬままリーヤはその「ディア」という少年に引っ張られていった。

…「ディア」?
どこかで聞いた事がある気が……――



「おはようございますリーヤさん。ご機嫌はいかがですか?」
 部屋に入るとそこは台所らしい。鮮やかな水色の壁にも床にも汚れはほとんど見当たらず、いつも清潔に保たれているのがわかる。奥側には調理場があり、カウンターを挟んでこちら側に机と椅子が置いてあった。

 ……なんて、リーヤは冷静に部屋を観察しているどころではなかった。

「な……!?」
「どうかしました? 僕の顔になんかついてる? ねぇ、レインディア」
「んー? ついてないよー。寝癖はちょっとひどいけど」
「そういうレインディアだってよだれ垂れた跡残ってますよ」
「え、うそぉ! そういうことは早く言ってよティーディア!!」
「どうでもいいけど早く飯食おうぜー。おれはらペこ」
 目の前にいるのは三人の少年――それも、体型も顔つきも髪の毛の色も目の色もまったく同じだ。違う所を探すことの方が困難だろう。
 ぱくっと口を開けたまま固まってしまったリーヤを見て、寝癖の少しひどい少年――ティーディアは、わたわたと椅子を引いた。
「あぁほら、リーヤさんが混乱してます! とりあえずご飯を食べましょう。さぁどうぞ、座って下さい」
 されるがままに席に着くと、リーヤの正面によだれの少年――レインディアが、右隣にディアが腰掛ける。最後にトーストとサラダの皿を人数分運んできたティーディアが右斜め前に座った。
「よーっし食おうぜー」
「いただきまーす」
「いただきます。…リーヤさんも遠慮無くどうぞ?」
「あ、あぁ…」
 ここに居る、ということは、大統領の血筋の者だろうか。
 そうか、とリーヤは思い当たる。三人とも、あの大統領にそっくりなのだ。そして名前も確か…確か――

『私はディア。ディア・レインディア・ティーディア』

 ぞく、と寒い物が背中を走る。こんな偶然があるものか――それとも、意図的なものなのか?
 上手く頭の中が整理できず僅かに顔をしかめたリーヤを余所に、少年達は物凄い勢いで食を進めていた。特にディアはとりわけ速く、皿に残った小さな野菜の欠片を必死に集めてはいそいそと口に運んでいる。正面のレインディアはディアに比べればまだ遅い方だが、苦手なのかちゃっかりトマトは除けて食べていた。対してティーディアの食べ方は上品で、「一点食べ」と呼ばれるような偏った食べ方もしていない。
 外見は信じられないほどそっくりだが、何も中身まで同じ、というわけではなさそうだった。
「(……子供、か? いや、でも…あの大統領、かなり若く見えたぞ…年の割に、子供がでかい気が……)」


 リーヤが食べ終わった頃を見計らって、ティーディアはレインディアにコーヒーを入れるよう命じた。しばらく暇そうにしていたディアは皿を重ね流し台に向かっている。
「さて……」
 二人の少年の背中を目で追っていた蒼の目は、声に反応し椅子に残ったティーディアに向いた。彼は机の上に両肘をつき、絡めた手の上に顎を乗せて、ほんの少しだけ上目遣いでリーヤを見ていた。――その姿勢は、昨夜大統領がしたそれを彷彿させる。
「僕達はこれから貴女に大事な事をお話しなければなりません」
「大事な事?」
「はい。これは依頼にも関係してくることです…俄かには信じられないことかもしれませんが、よく聞いて下さい」
 ティーディアは手を解いて机の上で重ねる。空色の瞳はまるで心の奥まで見透かしてしまいそうな程、深く澄んだ色をしていた。
「リーヤさん、昨夜大統領にあったのを覚えていますね」
「あぁ」
「その容姿は記憶にありますか?」
「…一応は」
「では、名前の方は?」
 何を言おうとしているのだろう。
「――ディア・レインディア・ティーディア、と名乗っていたな」
 こと、と横からカップが置かれた。炒れたてのコーヒーの香りが辺りに広がり鼻をくすぐる。二人目の少年に続き、皿洗いを終えて三人目の少年も帰ってきた。
 三対の空色の目が、リーヤただ一人に注がれた。

「僕達は、その大統領です」


「ふっ、はは、は…!」
「…大丈夫ですかリーヤさん」
「おい、どっかネジ外れたんじゃね? 探せ、レインディア」
「えぇぇ僕が探すのぉ。嫌だよーネジなんて小さいもの」
「お二人とも、お静かに」

 だってもう笑いしかでないだろこれ。

「大統領、だって? お前達が?」
 それは確かにそっくりではあるが、昨日会った大統領は間違いなく二十歳は越えていた。目の前にいるのは三人の少年だ。
 有り得ない。
「つまりあれか、昨日の大統領が三人に分裂でもしたというのか」
「ある意味、そういうことになりますね」
「どうやって! 人間が一晩で分裂するなんて聞いたことないぞ」
 はぁ、とディアが溜息をつきながら机にもたれかかった。
「だからー、俄かには信じられないだろうけどって初めに言ったじゃん」
「それはそうだがな、それにも度があるだろ!」
 常識から考えても程というものがある。とりあえずいい匂いのコーヒーを一口流し込んだ。笑いは段々収まってきた。

「ねぇ、リーヤ」

 それまで手持無沙汰にカップをいじっていたレインディアがすっと目を上げる。とろそうなイメージを一新するくらい、その眼力は強い。
「今日が何の日か知ってる?」
「今日?」
「そう」
 何かの記念日か? と考えをめぐらしてみるが、思い当たらない。
「誰もあまり気にしないと思うけどね。今日は満月の日なんだ」
「僕らは満月の日にだけ、この三人に戻るんですよ」
「そんな、こと――」
「魔法だ」

 ――魔法。

「…というか、なんだろうな。魔法通り越してどっちかってーと呪いだよなこれ」
「はは、そうかもしれませんね」
 三人が似たような笑い方で笑う。
 …魔法、か。効果としては初めて聞く種のものではあるが、魔法については知識程度になら少し知っている。

 この世には二種類の魔法がある。
 ひとつは光魔法。そしてそれに対になるのが闇魔法。

 「魔法」と聞いてなんとなくリーヤは苦い気持ちになる。リーヤの両親は、どちらも魔法使いであったのだ。魔法は使う者を選ばないが、扱うにはある程度の先天的な才を必要とする。光魔法使いだった父も、闇魔法使いだった母も、世間一般からみてかなりの実力を持ち合わせていたらしいことはリーヤも知っている。


「――お前には、話しておかなくちゃならない」
 ディアが静かに繰り返す。
「これは俺達――“大統領”の秘密なんだ。親類の、それも極一部しか知らない、な」

**Next→2

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