オリジナル 月光の温度


私の妹は、可笑しいくらいに

幻想世界の住民だった

月光の温度

「私きっと、月の住人なんだわ。月がとても恋しくなるの」

「月が?」

問えば、そうよ、と綺麗に笑って。

妹は頷く。

「姉さん、知ってる?

月の石はね、冷たいのよ。触っていたら手が冷えてしまうくらいに」

妹は私の手を両手でとった。

シルクの心地で触れるその手は、

つい先まで彼女の言う「月の石」に触っていたのかと思うほどに冷えている。

「寒いなら窓を閉めようか?」

「いいえ、もうすぐ“彼”が来るから」

秋の哀しさをわずかに含んだ風が踊り込み、妹を揺らした。

幻、という一瞬の錯覚に、否、これは現実であると手にすがる。

そこには確かに妹が居る。

幻想の蒼に染まった、愛しい少女が。

「姉さんの手は、いつも温かいのね」

私がふざけて「じゃあ私はきっと、太陽の住人だね」と言えば

「それは素敵ね」と妹も歌う様に言った。

その関係はひどく的を得ていると思ったから、私も笑った。

この部屋の中は今や、現実と幻想の狭間だとぼんやり考える。

どんなに触れていても妹の手は温まらないし、

私の手もまた温かいままだった。

だからこそ両方が存在し得る。

繋いだ場所がまさに境界のそれだった。

「ああ、“彼”が――」

おもむろに離れていく有無さえあやふやな体温に、思考が引き戻された。

私は既に知っていた。

現実に、幻想を繋いでおくことなど不可能なのだと。

一度離れてしまえばそこには、

決して混じり得ない水と油のような境界が現れる。

ここからは、私には入れない世界だ。

私は静かに部屋を出た。

電気を消して、明日の為に持ち帰ったフロッピーとパソコンを手に。

“彼”と話しているのであろう少女の姿を思い浮かべながら

どうかあの愛しい少女が、

本物の幻のように消えていなくなったりしませんように、と

心の中で呟いた。


END

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