オリジナル 闇色の魔法使い

 闇色の魔法使い

さよなら

どうして、とは言わなかった。

・・・さよなら

―否、

言えなかった。

すっかり闇色に染まった中
ただ静かに降り続ける小雨の中
見えない満月の下を、私は歩く。
手には長い間使い続けている薄桃色の携帯電話が時々光を反射して
しかしその光は無機質に冷たい。

『別れよう。さよならだ』

小さな画面の中に形とられた文字はあまりにも残酷に、真っ直ぐに響く。
暑さのせいではない突然の汗が背中を広く冒し
冷えきって冷たくなった体の中ではしきりにぬくもりを欲していた。

どこへ行こうと思ったわけでもなく

どこかに行く宛てがあるわけでもなく。

しかし適当に歩いていて、というよりは
何かに導かれるように。
私の足は止まる事なく歩いていく。

頬や腕の剥き出しになった所にふりかかる雨は別に気にはならなかった。
水分を吸い込んだ服だって。

でも雨は私の内側と違って温かくて。
それは求めていたぬくもりとはほんの少し違うけれど。

歩き疲れて立ち止まったのは商店街の一角。
あと少しずれれば突き出した屋根の下に入れるくらいの場所に立ち
私はすっかり濡れてしまった背を壁に預ける。
少しでも濡れていたかった。
だって雨は温かいから。
それに
行き所のなくなってしまった私の気持ちを、ちゃんと隠してくれる。

傘は忘れたんじゃないのよ

置いてきたの

貴方は今の私に必要ないから

そんな言い訳を誰にするでもなく。

でもどうかお願い

ぜんぶ洗い流してください

隠すだけじゃ足りないの

貴方と一緒に、流れていってしまえばいい・・・

苦しくなって、私は唇を噛み締めた。

こんばんは、小さなお嬢さん

少し高い所から声が降ってきたのは突然で。
顔を上げたら闇色の大きな傘が目一杯飛び込んできた。

こんな時間にお一人でどうしたのですか

なんて落ちついた声だろう。
私はゆっくりと、口を開いて。

雨が、降っていたから

答えたら、彼は斜めにソレを傾けてみせた。

傘はいりませんか

・・・いらない

必要ないもの

微かに震える声で言えば
彼はひどくゆったりとした速度で私の隣に立った。
傘を、少しも私の方に傾ける事などせずに。

もしも――

背の高い彼も背中を壁に預けてはいたが
濡れているのは私だけ。

もしも私が魔法使いなら

雨を止ませることも、簡単にできるのですが

私は彼の方を見ずに下を向いていたけれども
顔もはっきり見えない彼が微笑んでいるのはなんとなく伝わってくる。
優しい声音はほんの少し傘の中でくぐもって、湿った空気を振るわせた。

・・・どこか、いかないの?

何故?

まだ雨は止んでいませんよ

でもあなたは傘をさしているわ

どこにでも行けるでしょう

けれど貴女には傘がありません

いらないってば

それなら私は

雨が止むまで待ちましょう

可笑しな人だと思った。
何の為の傘よ。
そうつっこんでやりたかったが、何も言わなかった。

・・・好きにすれば

時間の流れも全て忘れ去って
洗い流した感情の量の感覚もすっかり麻痺していた。

気付けば
私の頬を流れ落ちるのは冷たい雨だけになっていた。

やっと、止みましたね

相変わらず闇色で見えない彼が、確かに笑って言う。
結局ずっと私の隣で立ち続けていた。
何も言わずに、ただ、じっと。
理由はよくわからなかったけども。

雨も止んだことですし

そろそろ私は行きましょう

雨は降っていた。
小雨から比べれば幾等か強い雨が。

この傘を貴女に差し上げます

これをさしてお家にお帰りなさい

でも、まだ雨が―

目の前に差し出された闇色の傘の闇色の取っ手。
ほぼ無意識のうちに私はそれを掴んでいた。
濡れた手は風ですっかり冷えていたが、
まるで彼の優しさがそのまま染み付いたみたいに
取っ手にはじんわりと体温が残っている。
大きな傘だというのに重さはほとんど感じない。

ぎゅ、と掴んで。

私は彼の姿を探したりしなかった。
だってもう、どこにも見当たらない気がしたんだ。

だけど私は
雨に掻き消されるほど小さな声だけど
はっきりと言った。

ありがとう

またね

END

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