FF6 ロクティナ 「Stay by me」

Stay by me

低い、唸り声。その音は誰が聞いても歓喜のモノではないことは明白だ。
怒りに燃えている赤き双眼の持ち主は、ヒトの3倍はくだらないであろうティラノザウルスだった。
それに対峙するのは細身の少女ただ一人。血のこびり付いた騎士剣をスッと構え、その眼を見据える。
激しく地面を打ち鳴らしながら突進してきた獣をかわし、振り返り際に二振り斬り付けた少女だが、次の瞬間――

「……っ!!」

痛みに暴れた獣の長い尾が少女の身体を弾き上げた。衝撃に息が詰まり、少女の顔が苦しげに歪む。塞がりかかってきていた傷も、今の一撃で開いてしまった。
ドサッと人形のように地に堕ちた少女を赤き獣は睨みつけ――どこか楽しげに、口元を歪める。鋭くとがったそれが合間から覗く。

少女はあまり力の入らない手でどうにか剣を握り直し、その巨体を見上げた。

――起きなければ

体を揺すりながら近づいてくる獣から目を放さずに少女は身をよじった。
片膝をどうにかつき、立ち上がり――しかしよろけて再び膝をついてしまう。

「……、炎の原子よ、我に力を貸し与えよ……我が敵を焼き尽くせ――」

ほとんど息をつかずに一息で言ってのけ、獣へと意識を集中する。

――これで……

「ファイガ!!」

獣の眼前で炎の塊が炸裂した。直撃を食らった巨体は大きく揺らぎ、悶えながら絶叫を上げている。
終わった、と思った。少女は短く息をつき、目を閉じる。自分に治癒の魔法をかけねば――。
「我に神の祝福を……ケア――」
しかしその呪文が完成することはなかった。
紡ぎきる前に、少女のその決して多くはない体力が底をついてしまった為だ。
血にまみれた少女の身体は、同じく血の染み込んだ地面へと、ゆっくりと倒れた。

今まで経験したこともないその痛みに、‘それ,は心底焦っていた。
自分よりもあまりにちっぽけで、こんな弱そうな“エサ”に、ここまで痛手を負わせられるとは思ってもいなかったのだ。
先の炎の魔法で肌が焦げていたが、‘それ,の肌はそこいらの剣など容易く弾き返せる程の硬度を持っているのである。無傷ではなかったが、死ぬほどのものは負っていない。
そして今――とうとう“エサ”は力尽きたらしい。
人肉は久しかった。咆哮する。今度のそれは、好物の肉にありつける歓喜の叫びだった。
口周りを舌で舐め上げ、口を大きく開く――

「待ちな」

その声は、新たな人間のものだった。

***

「おい、セッツァー。奥の部屋借りるぜ?」
「あぁ。……大丈夫なのか?」
ロックは腕の中の緑髪の少女に目を落とす。
少女――ティナの折角の美しい髪は今や血と泥に塗れ、いつもの輝いた瞳は瞼の向こうへと隠されてしまっていた。
そんな彼女をロックはもう一度抱きしめる。
「……何か、使えそうな物があったら持ってきてくれ」
そう言い残し、ロックは足早に場を立ち去った。

奥の部屋にはベッドを中心に必要最低限の物しかない。この部屋は、仲間がよっぽどの重症を負った時にしか使わないことになっていた。
ロックはそっと、少女の身体をベッドの上に横たえる。
その場で治癒魔法はかけたので命に別状はないはずだが、まだ失った血が戻らない為か少女の顔は相変わらず青白い。それに対して傷を負った場所は熱を帯び、痛々しいコントラストを作り出していた。
いつにも増して白い少女の顔にこびり付いた血を、無造作に指で拭い取る。

どれほど無茶をしたのだろう。

傷の具合や量から考えれば、かなりの戦闘を独りでしてきたに違いない。
「独りで……どうしてなんだ……ティナ――」

ティナが独り姿を消したのは数日前。
フェニックスの洞窟へと仲間達が出払っている間、ティナが突然トランスをして、何処かへ飛んでいってしまったというモグの報告が始まりだった。

***

コンコン

「入るぞ」
まず入ってきたのは手に薬や包帯を抱えたセッツァー。
そしてその後ろには両手にいくつか果物を持っているモグがついている。
「様子はどうだ?」
丸テーブルの上におもむろに薬等を置きながら問うと、ロックは曖昧に頷いた。
「多分、命に別状はないと思う。もう少し血が戻れば……」
セッツァーも近づいてティナの顔を覗き込む。
「こりゃまた、派手にやらかしたな」
「俺が行った時にはティラノと独りでやりあってた、みたいだ」
「はぁ!?」
珍しく驚愕で見開かれたセッツァーの眼には、呆れとも怒りともつかないなんとも微妙な感情が浮かんでいた。
「……ちっ、らしくねーの」
下がったセッツァーと入れ替わって出てきたのはモグだ。
ぴょこぴょこと跳ねながらティナの様子を伺うと、先にぼんぼんのついた触角を垂れ下げた。
「クポー……。ボクがちゃんと止めていれば、こんなことにはならなかったクポ……」
「お前のせいじゃないさ、モグ。……ティナのことだ、きっと止めても聞かなかっただろうし。
それより、俺は――」

何より、理由が聞きたい。

ロックは唇を噛んだ。
それは少女がどんな理由で――どんな気持ちで行動を起こしたのか理解出来ないのと同時に、その気持ちを察してやることが出来なかった自分の鈍感さへの苛立ち――。

――守る、と誓ったのにな・・・

「薬塗って、包帯巻いとけよ。折角持ってきてやったんだから」
沈みかけていた思考を打ち切り、ああ、とセッツァーの方を見れば、一つずつ順に薬やらを投げてよこしてくる。
落とさないよう受け取って、まだ赤く滲んでいるティナの肌へと手を伸ばした。治癒魔法をかけたお陰か、やっと塞がりかけてはいるようだ。
触れた場所が、ぴくり、と微かに動いた気がして、青年は弾かれたように顔を上げる。

「ロック……?」

空気に消え入るような小さな呟きが耳に届き、ロックはうっすらと瞼を開いた少女を正面から捉えた。
「ティナ、大丈夫か?」
「うん……。ごめんなさい、皆……迷惑をかけて」
やんわりと、少し困ったような笑みを浮かべた少女。
まだ血が足りていないのであろう、青紫色の唇はどこか痛々しい。
「まぁ……その、あれだ」
バリバリと銀髪の頭を掻きながら、セッツァーが目を泳がせる。
「今はとにかく、休んどけ。話は後でも聞けるし。……なっ、ロック」
「え? ――あ、あぁ。そうだ、な……」
薬と包帯で両手が一杯な少々間抜けな格好でロックも頷く。
「ありがとう――」
目尻を下げながら言ったティナは、後は自分で出来るから、と薬と包帯を受け取った。

部屋にティナだけを残し廊下に出ると、ロックはギャンブラーを呼び止めた。
「あ?」
「さっきは、ありがとう」
「は? 何が」
「『今は休め』って、言ってくれて。あんたがあぁ言ってくれなきゃ、俺……」
うつむき加減になった青年を見てふっとセッツァーは口元に笑みを浮かべ、彼の頭の上にぽんと手を置く。
「わーってるよ。……ま、ムリもねーわな。あんな家出のされ方されたら無理やりでも理由訊きたくなるって」
「……お見通し、ってわけか」
「俺はギャンブラーだぜ? 勘の良さが俺のウリだ。……あいつも身体、きつそーだったしな」
そのままわしゃりとロックの頭を撫でると、コートを翻し、
「もうちっとしたら、見舞いに行ってやれ。焦んなくてもあいつならちゃんと話してくれると思うぜ?」
セッツァーはスタスタと行ってしまった。
「……ああ」

「クポーっ、ロック!」
「ん?」
下方へ目をやるとモグがあたふたと体を動かしている。
「大変クポ!! お見舞いの果物を持って出てきちゃったクポーっ」
よく見ればその小さな手には確かに果物がのったままだ。
「あー……じゃあ、俺が様子見に行く時に持ってくよ」
「本当クポかっ♪ ありがとクポ~vv」
抱えていた果物を全てロックの腕に移し終えると、頼んだクポ! と言い置いて、モグもまた行ってしまう。
「――あ、こけた」

***

流石にもう入って大丈夫だろうか。
ひかえめのノックを2度し、呼びかけてみる。
「どうぞ」という返事が返ってきてから、ロックはノブを回し中へと入った。
「具合はどうだ、ティ――」
真っ先に目に入ったのは抜け殻となったベッド。
「ティナ――」
「ここだよ、ロック」
声のする方へと向かって目線をやれば、緑髪の少女がこちらに微笑んでいた。
ほ、と安心し、息を吐き出す。
「……また、居なくなったのかと思った」
ドアを閉めながら言うとティナは小さく謝った。
彼女は窓から外を見ていたらしい。開け放たれたそこからはやや強い風が遠慮無く入り込み、少女の髪を踊らせてまたどこかへと去って行った。
「もう立っても大丈夫なのか」
「うん。大分、血も戻ってきたみたい」
綺麗に巻かれた腕の部分の包帯を手で擦りながら言う。顔の色から少女が言う通り血が戻ってきたのだろうということを感じ取れ、ロックは再度安堵の息をついた。
それからゆっくりと窓の方へ――少女の側へ寄る。
「モグから果物の見舞いを預かってきたんだ。食べるか?」
嬉しそうに頷いたティナにリンゴを一つ手渡し――渡してしまってから皮を剥くべきだったとはっとする。
――鈍感過ぎだ、俺
気まずそうに短剣に手をのばしかけると、ティナが微かに笑んで首を振ってくれた。
いいよ、と。

「ごめんな。俺、鈍感で……」
がっくりと肩を落としたロックにティナは慌ててそんなことないと首を振った。
「ロックは鈍感なんかじゃないよ。いつも皆の事、よく見てると思うし……助けてくれる。
――こんな私のことも、貴方は助けてくれた……」
その言葉にロックは顔を上げてティナを見る。
ティナは気配の変わった彼を不思議そうに見返した。
「どうしたの?」
「――そんなこと、言っちゃだめだ」
「え……?」
じっと少女の眼を見てロックは言の葉を紡ぐ。
「自分のことを価値のないもののように、言わないでくれ」
「ロック……」
怒っているというより、どこか悲しげな彼の様子にティナは困った顔をした。

「心配だった……急に、独りで居なくなって……」

心臓が止まりそうだった。
たった独りで、どうして――

「俺が何かやらかしたのかと思って……でも、理由なんて全然わからなくて……」

もう失いたくない。
失うのは、嫌だ――

「……だめだな、俺。まだ誰かを失うのが怖いんだ……」

誓った人を、守れずに――

す、とぬくもりが降りてきて、見ればティナの手が腕に触れていた。
「……ごめん、ね? 鈍感なのは私の方、だよね……皆に迷惑をかけてしまうことは、わかってたつもりだった……でも――」
そこで言葉を切り、温かく笑んだその表情に、ロックは無償に泣きたくなった。あまりにも、優し過ぎる笑顔だった。
「貴方が、そんなに心配してくれるなんて、思わなかった」

「私……ロックのこと、好きだよ」
やんわりとティナは言う。
「仲間達も、モブリズの皆も……この、世界も」
少女の眼は窓の向こう――どこか遠くを見つめていた。
‘少女,としては強すぎる眼差しは、一体何を見ているのだろう――否、何が見えているのだろうか。
青年はその力強い姿をじっと見守った。
「壊されたくない。私の、大好きな世界を――」
それまでの弱り具合からはとても考えられない――けれど、それはいつものティナの姿だった。その真っ直ぐな少女が、唐突に俯き加減になる。
でも、とティナは呟いた。
「私は知ってしまった……何を守るのにも、‘力,が必要なことを。そして、私のその‘力,は、弱まってしまったということも……」
そうか、とロックは思う。躊躇いがちに口を開き、
「強くなろうと……?」
顔を上げた少女はゆっくりと頷きを返してきた。
「独りでは何も出来なかった……私は、ちっぽけで……弱い存在だった」
目に見えない傷の痛みを堪えるような表情で告白する少女は、幾らも先の力強さをすり減らしてしまったように見える。
急に小さく見えた少女の存在を、思わずロックは抱きしめていた。
「……! ロック……?」
戸惑いながら彼の名を口にしつつも、ティナはそのたくましい腕の中で温かいロックの優しさを感じていた。
彼からはいつも「世界の匂い」がする。行った先々から様々な匂いを連れ帰ってくるのだ。
その為常に定まっている訳ではなかったが、ティナはそんなロックの匂いが好きだった。
その場所があること――世界が確かに存在し続けていることを、はっきりと教えてくれるからである。

「独りでだめなら、二人ですればいい」

おもむろに出てきた言葉はじんわりと少女の心に染み込んだ。
「二人でだめなら三人で、三人でだめなら四人で、四人でだめなら皆ですればいいじゃないか。この世界は、ティナだけの世界じゃない。……仲間を、世界を愛しているのはティナだけじゃないんだ。だったら全部一人で背負い込む必要なんてどこにもないだろ? 
――俺達は、仲間だ。持てない荷物なんて誰かに押し付けちまえ。苦しくなったら俺が代わりに持ってやる。だからもう……独りで――」
彼の言葉のぬくもりが心地よい。
うとりと目を閉じかけた少女の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「独りで闘うなんてことするな。独りで強くなろうとするな」
彼はいつでも温かく、優しかった。一緒にいればいつも安心できた。

ロックが、好き。

彼の温かさが好き。優しさが好き。
治療の魔法でも癒すことの出来ない深いところに負った傷さえ治してくれる、その声が好き。

彼が、好きだ。

「ありがとう……ロック……」

どうかこの気持ちが伝わるように、と祈りを込めてティナは呟いた。
「本当に……ありがと……――」
そして、温かいまどろみの中
少女は青年の腕の中で、ゆっくりと眠りに落ちていった。

***

ドアを乱暴に叩く音で少女は覚醒した。
どうぞ、と声をかければ、勢い良く入って来たのはいつの間にかフェニックスの洞窟から帰ってきたらしいセリスとリルムだった。
「ティナ!! 大丈夫なのっ!?」
「調子は? 何か欲しいものとかない?」
その剣幕に少し押されながらティナは軽く笑う。
「皆が手当てしてくれたし、大分休めたから。もう大丈夫」
「そう……良かった」
「本当だよぅ。話聞いた時びっくりしちゃったもん」
セリスとリルムが顔を合わせて息をついた。それから苦笑する。
「ティナはもっと、自分を大切にしなきゃダメね」
「そーそー! しばらくはここでお休みだからねっ!」
「え、でも、もうだいじょう――」
「“でも”とかなし!! それ以上言ったらリルム、オルちゃん描いてたこあしでベットに縛り付けちゃうゾ!」
「リルム……あなた、それはどうかと思うけど……」
「だってそうでもしなきゃ、また無理してどっか行っちゃうかもしんないでしょっ」
「……だそうよ、ティナ」
「うん……おとなしく、休むね?」
それでよろしい!とリルムが腰に手を当て、セリスはまったくもう……と額に手を当てた。
そんな様子の二人を見て、ティナは微笑んで

「――……あのね、二人とも……大好きだよ」

突然の告白に二人は目を瞬き

「なーに今更言ってんのよ!」
「私達だって皆、ティナのこと大好きよ」


そんな和やかな空気の中。
ふと机の上のリンゴに気づきセリスが手に取った。
「あら……誰かがお見舞いに持ってきたの?」
「うん。ロックが、モグから預かってきた、って……」
そういえば食べる前に眠ってしまったんだわ、と少女はぼんやり思い出す。
「食べるなら剥くけど」
「あ、そのまま食べるから、剥かなくていいよ」
「え? ……ねぇティナ、まさかとは思うけど……」
「うん?」
「ロック、このまま『食べるか?』とか言ってあなたに渡したんじゃないわよね……?」
「そうだよ?」
どうしてそんなことを?とでも言いたげに首を傾げたティナを余所に、
「……あのバンダナ野郎……鈍感すぎだろ」
「ええ……本当に」
二人は低く呟いたのだった。

Stay by me END

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