FF6 エドセリ 「降り落ちた星へ」

降り落ちた星へ

砂漠の夜は一段と冷える。
気のせいではあるのだろうが、頭上でただ一人青白い光を放っている月も、どこか寒そうだと少女は思った。
風が吹く。
少女はぬくもりを盗られ小さく身震いをしたが、そっと息をついて再び空を見上げた。




「あれ、セリスは?」
 別段用があったわけではなかったが、きまぐれに顔を覗きにきたエドガーは目当ての人物が居ないことに少しだけ眉をよせた。
 二人部屋で、一人剣の手入れを行っていたティナはその手を止めて彼を見ると
「さっき出ていったけど。屋上に行ってくる、って」
確かめるようにゆっくりと答える。
「そうか……わかった。有難う、ティナ」




 風に悪戯に髪を乱されながら、セリスは何か温かいものを持ってくるべきだったと少し後悔していた。
 しばらくフィガロ城に寝泊まりを繰り返してはいるものの、夜に外に出ることはほとんど無かった為か、砂漠の夜の異常な寒さは知識としてのものでしかなく、どこか意識の薄いところにあったらしい。
 しかし今から中に戻っては、今まで寒い中辛抱強く待っていたことが全て無駄になってしまうかもしれない。それを考えればそう易々と中に戻ることを決意出来ないでいた。

「セリス?」

 じんわりと夜を温めるように響く聞き覚えのある声に、セリスは振り向く。
「あら……何か用?」
 この城の若き王は肩をすくめて「お冷たいこと」と呟いたが、その顔には安堵のような笑みが浮かんでいた。
「別に特別用があって君を探しにきたわけじゃないんだけど。ティナから、何も持たないで屋上に行ったって聞いたからさ。レディーに風邪をひかせるようなことはしたくないからね」
 彼が差し出してきたのは1枚の毛布とコーヒーカップ。一瞬、テレパシーでも感じたのかと思う程のグッドタイミングである。
 ありがとう、とカップを素直に受け取り、中身を覗き込んでセリスは僅かに顔をしかめた。
「これ……ココア?」
「眠くなくなるといけないと思って。コーヒーのがよかった?」
「若干、だけど」
「じゃあ交換してあげようか。俺のやつはコーヒーが入ってるから。……一口だけ口つけちゃったけど、それで良ければ」
 セリスのカップと色違いのモノを示し、空いているもう片方の手でカップを受け取ろうとすると
「……いい。一口だけ頂戴」
「そう? 別に遠慮することないよ」
「遠慮なんてしてないわ。―― ただ、眠れないと、それを理由に今晩貴方に何されるかわかったものじゃないなと思って」
 にこりと放たれたそんなセリスの言葉に、王はやや引きつった笑顔を浮かべたまま何も言い返すことが出来なかった。


「―― 流星群?」
「そう。今日の夜見られるらしいの」
 指先から手の平までしっかりとカップに添えて、形の良い唇は夜の空気に湯気を散らす。
 手すりの部分に寄り掛かりながらその様子を眺めていたエドガーは、二十歳にも満たない彼女の大人っぽさと子供っぽさとのギャップに、少し可笑しくて息を漏らした。
「……何よ。子供っぽいって言いたいの?」
「そんなことはないさ。とても素敵だと思うよ」
 睨む彼女の眼は確かに「嘘吐き」と訴えてはいたのだが、あえてエドガーは何も言わなかった。まだ辛うじて十分に温かさを保っているコーヒーを小量口に流し込む。
 ぬくもりを逃がすまいとするかのようにカップを包む手を少し強め、セリスはゆっくりと睫毛を伏せた。
「……むかし ――」
「うん?」
 もう一口飲もうと動かしかけていた手を止め、エドガーはよく通るその声に耳を澄ませた。闇に透けるような白い肌はぬくもりが足りないのか時々さすられているが、彼女の頬はほんのりと赤づいている。
 どれだけの時間ここでこうしていたのだろう、とぼんやり思った。ティナの話からすれば、ここに来たのはもう1時間以上も前だろう。そして、何が彼女にそうさせているのかは未だ彼の知らない領域であった。
「私が帝国で兵をしていた頃、というか、まだ兵士として育成されてた時、かな」
 エドガーは危うくカップを落としそうになる。セリスが自ら自分の過去を語るなど、それほどに珍しいことであったのだ。
「中々、外には出してもらえなかったの。まだ年齢も幼かったのもあると思うけどね。」
 予想外な展開ではあったが、エドガーは黙って彼女の話に聞き入った。
「シドが―― そう、シドが一緒に居てくれて。外の話をしてくれるの」
 どこか懐かしそうに空を見上げる。
 セリスの育ての親――「父」のような存在であったシドは、もう少し前に亡くなっていた。彼女がそれを看取ったことは聞いている。当然の反応だろう、と彼は思う。
 でも、とセリスは静かに続けた。
「年に何度か流星群がみえる日がくるとね、こっそり星を見に連れ出してくれるのよ。私、その日が楽しみで待ち遠しくて仕方なかった」
 そういうことか、とエドガーは納得がいき心の中で頷いた。
 雲も少なく空は晴れていた。この様子なら星もよく見えることだろう。
「……それにしても、中々始まらないわね。もう2時間近くねばってるんだけど」
「2時間も! ……それ、本当に今日なんだよね?」
「あら。貴方の国の研究者に聞いたのよ。王様は何も聞いてない?」
 頷いてみやれば彼女が白く息をついた。本当に何も聞いていなかった。というか、2時間も一人で、こんなに寒い夜風に当たっていたのか――
「……まだねばる気?」
「当然でしょ! ここまできて引き下がれないわよ」
 エドガーは小さく溜め息をついた。それすらすぐに夜風が連れ去っていく。

「……あ」

「え、何?」

突然声をあげたエドガーをセリスは見上げた。
整った長い人差し指をピンと空に伸ばした彼の視線は真っ直ぐ空へと向けられている。
もしや、と思い今度は慌てて空を見やる。

「どこ?」
さらさらと見事な金髪を風に遊ばせておきながらセリスは目を大きく開いて彼が示すものを探した。

が。

「……どこにも、見えないんだけど」

むっすりと言うが、彼からは何の返事も返ってこない。

「ちょっと、エドガー……――」

振り向き際に文句を言おうと開かれた口だった。
それを知ってか知らずか塞いだのは――

10秒ほどの、短いようで長い長い時間後。

「……っ!! 信っじられない!!!!」
 少女の白い頬が赤く染まったのはもはや寒さのせいだけではなかった。
「何が?」
「しれっととぼけないで! 今、嘘ついて私に ――」
 王は世界中の女性が倒れそうなくらい綺麗な笑みを浮かべ、満足げに
「俺は嘘なんてついてないよ。君が見たときはもう流れた後だっただけだろう?」
「嘘よ……絶対嘘でしょ!!」
「どうして? 俺はついさっき流れたお星さまに「セリスとキス出来ますように~」ってお願いしただけだし」
「……!! ……!!!」
 肩をわななかせ少女は一息に立ち上がった。
「セリス?」
「帰る!」
 毛布と空になったカップをそれぞれ手に持ち、大股でセリスは歩いていく。

「……ははっ、意地っ張りだなぁ」

 作戦が成功したことに小さく笑い、青年はおもむろに空を見上げた。

「……!! おい、セリス! 今度は本当にながれぼ――」

まだ見えるその背に投げかけた言葉は

「もういいわよ。その手には2度とひっかかりません!」

あっさりと叩き落とされた。

仕方なくエドガーはその青の輝きに一人、星の降り落ちるのをおさめた。

そして、本当に小さな声で願いをかける。

「明日こそ、セリスと一緒に流星群が見られますように……」

 翌日、過去最大数の星が流れ落ちた。――というのも、実際流星群の到来は昨日ではなく今日であり、フィガロの研究者が誤った情報を流してしまったのだということをエドガーは聞いていた。
 勿論それを眺める人々の中には二人も混じっている。

「昨日俺がお願いしたからなー」

 昨日のが誤報だったことをセリスに告げていないのを良いことに、得意げに言うエドガーをセリスは半目で横から見る。

「でもキスの時のは嘘だったんでしょ?」

「……信用ないのな、俺……」

 まぁ、確かにキスの時のはでっちあげだったけどね。苦笑し、しかしがっくりと肩を落とした王を、少女は隣から思い切り引っ張った。
 高さが少し沈んだのを良い事に、その頬に触れるだけの軽いキス。

驚いた表情で固まっている青年に少女はくすくすと笑いかけた。

「今お星さまに、貴方にキスできるようにお願いしたのよ」

降り落ちた星へ END

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