オリジナル、その他小話

足をひきずって、 (オリジナル小話)

(「そんなに好きなら、あげようか?」)

ああ、と息を漏らして。
少女は胸の辺りを必死に抑えつけた。

笑ってしまう。

(今更、“ナイフ”で刺されるなんてな)

不意打ち過ぎる時間差攻撃に泣きそうになる。
(こんなことなら“あの時”に刺し殺してくれた方が、数千倍マシだった)
少なくとも、今のあたしにはそう思える。

どうすればいいかな、
どうしたら、“君”に赦してもらえるかな――

ねぇ、
今度はあたしが
泡にでもなればいい?

********

 持って帰って来てしまった一冊の本をぱらとめくって、目当てのページを確認した。考えてみれば、今までまともに読んだことがなかった気がするのだ。図書室にいる間はいつも彼女が持っていたし、なんとなく、自分が借りて独占してしまうことに気が進まなかった、というのもあったのだが。それ以上に、阻まれる感覚もあったと思う。「それに触れるな」、と。
(いったい、この話の何が彼女を縛っているのだろう)
 迷わず開いたページは「人魚姫」の話だった。海で助けた王子に恋をした人魚姫が、様々なものを引き換えに、人間になってまで恋を実らせようとするが叶わず、最後は泡になって消えてしまう。いかにも人が好みそうな「悲恋の物語」といった所か。
 彼女が読んでいるのはいつも決まってこの話だけのようだった。

 そういえば、と不意に思い出す。
 うたたねをした時に見た、人魚の夢を。


泡になることで逃げたのよ
痛みと、絶望から。
「悲恋」なんて甘美なものじゃない
泡になれば“初めから何もなかった”様に、ゼンブ消えられると思ったの。

(王子を殺せなかったんじゃなくて、「泡になりたかった」んだ、)

本当はね。

「・・・・・・、どうして、」
 こんな話だっただろうか。
 もう一度確かめるように読み返してみるが、すぅっと透明な青が染み出すようにして刻まれた感覚は、それを覆すことを静かに拒んでいた。

(“どうして”?)
(――ああ、そうか)

当然じゃないか。
そう、当然なんだ。
だってこれは――

********

(・・・ない)
 見落としたのだろうか? あんなに、嫌になるほど手にしたあの本を?
 もう一度、棚に目を通し始めようとしたところだった。
「探してるのは、これ?」
 棚を挟んだ向こう側から一冊の本が伸びてくる。紛いもなく、探していた本だった。
「ごめんね、昨日僕が借りて帰ってたんだ」
「・・・そ」
 素っ気ない態度に対してか、彼はややためらいを見せたが、あたしが素直にそれを受け取るとすぐにほっとした表情になった。
 上半身がすっと棚の向こう側に見えなくなる。どうやら本の整理を始めたらしい。
(謝ってばっかりだ、いつも)

 本当に謝らなきゃいけないのは、あたしの方なのに。

「・・・ねぇ」
「うん?」
「読んだんでしょ」
「うん」
「・・・あのさ。“王子”を殺せば自分は助かったのに。“人魚姫”は、どうして泡になる事を選んだの」
「それは――痛みに耐えられなくなったから、じゃないかな」
「は? 王子を好きだったから殺せなかったんじゃなくて?」
「それも、あったと思うよ。でも――でもね、」
 何かが詰まるように、歯切れ悪く不自然に途切れた言葉。まるで、泡と一緒に消えたはずの痛みを、一気に引き寄せてしまった様な。

「きっと、それはただの言い訳だった」

 数度、まばたく。どういうことだろう?
 頭を巡らして少し考えるが、全く腑に落ちるものを得られず、もどかしくなる。
「どういう意味?」
「・・・・・・」
「・・・? ねぇ、聞いてる?」
「・・・・・・ごめん」
「は?」
 とにかく顔を見て、目を見て“話さ”ないとダメだ。
 “あの時”とは違う。一方通行ではなく、伝え合うことが出来る。
 くっと唇を引き結んで棚の向こうを覗こうとしてみたが、すぐに足の先まで、骨まで響くような鋭い痛みが走り力が抜けてしまう。
(あぁもう、うっとうしい!)
 棚を回り込んだ方が賢明か、そう考えた時だった。

「ごめん、ね」

 震えた声に、心臓が鈍く跳ねる。

 どうして。
 どうして、お前は。

********

「・・・・・・あれ?」
 どうしてだろう、涙がとまらなくなってしまった。
 海底を十二分に満たせそうな程の様々な気持ちが、言葉が、次々に浮かんでくると言うのに。それらは掴む前に、ひとつ、また一つ、泡となって消えてしまう。その上「掴めない」と言うだけで、自分の中から完全に消えてしまう訳ではないから厄介だった。
 言葉を紡ぐための“声”があっても。よく知った痛みは、静かに僕を蝕んでいた。

(伝えたいことも、伝える手段もあるのに。それを上手く伝えることが出来ない――)

 この痛みは、不自由が擦れ合って生じるのだろう。
 “あの時”も。
 きっと、そうだったに違いない。

(何も変わらないんだ、)

 そう、何も。あの時から、変わってはいない。
 僕の物語はいつまで経っても悲恋のまま、変わることはない。
 僕も、彼女も。
 そして、今この棚の向こうにいる“彼女”も。

「――おいっ!」
 コツ、と少し骨ばった感触が後頭部に当たり、そちらを向こうとすると、少女とは思えぬ程の強い力で、首の辺りからぐいと引っ張られてしまった。急に頭を抱きかかえられている様な状態になり、ただ目をしばたくことしかできない。
「なんで、お前が泣いてんだよ。なんであたしに謝ってばっかなんだよ」
「それは、だって――」
「なんで、気づかなかったんだよ」
「!」
 息が詰まった。ぎゅうと、少女の抱く手に力がこもったからという訳だけでは、どうやらなかった。

「なんで気づかなかったんだ、あたしは」

 すれ違ってばかりで、その上不自由過ぎて。
 挙句の果てに何も知らぬまま、失ってしまった。

何かをぶつけ合わなければ伝わらないのだ、このたった数ミリしかない薄皮を隔てただけの間でも。

でも。

「ああ、そうか――」
声なんてなくたって。
言葉を上手に紡げなくたって。
方法はきっと、あったのだ。

「僕も、こうすれば良かったんだね」

キミがこうして、「ごめんね」と言っている様に――。

********

「ずっと気になっていたことがあるんだけど、聞いてもいいかな」
「何?」
 閉館時間を過ぎた後。彼女はまたいつものように、カウンターの上に座って足をぶらつかせている。
「キミのその足、なんだけど」
「ああ」
「痛むの?」
「ん、まぁね」
 馬鹿王子の尻拭いってやつ? と、彼女は小さく笑って言った。
「・・・ごめんね」
「だから、なんであんたが謝るわけ? 別にあんたのせいじゃないんだし」
「だけど不自由でしょ?」
「もう慣れた。――それに、自分で体験してみてわかったから、いいの」
「・・・・・・」
 彼は、無造作に投げ出されたその足にそっと触れたかと思うと、労るように優しく撫でてくる。
「きっと、痛くなくなるから。大丈夫だよ」
「あ~、セクハラ~」
「!! ご、ごめんつい・・・」
「別に、いいけど。・・・心配しなくても、あたしは泡になろうなんて思ったりしないから。大丈夫よ」
 初めに言ったでしょ、とまた小さく笑う少女の言葉に、「あたしだったら刺し殺すのに」と言っていたことを思い出す。
「そう・・・。でも、刺し殺すのはやっぱり、思い止まってほしい、かな・・・」
「さて、どうでしょうね。あたしは、“彼女”とは違うからさ」

 そうよ! と、少女は思い立ったようにカウンターから飛び降りた。
 驚きつつも、反射的にその細い身体を支えた彼を見上げ、まっすぐとその目を見て。

「あたしも、あんたも。あの子とアイツとは違うんだから!」

 いつかに見た、と錯覚するような、あの眩しい笑顔。
 少女は高らかに宣言する。

「ねぇ、あたし達さ。最高の恋ができると思わない?」

 いつの間にか、引きずる足は軽やかで。
 痛みの解けた泡は緩やかに、今度こそ溶けて、消えて無くなった。


おわり。


********
ずっと終わらずに放置されていた、人魚姫のお話でした。
ほとんど書いてあったのに、どうも最後がまとまらなくて。
通しで見るとちょっと苦しい感はあるのだけど(前の二つは手直ししたいネ・・・)
割と、私好みのお話だったかなと思います。
現代に転生した人魚姫と王子の、続きのお話、のイメージでした。

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あおの境界線(オリジナル小話)

Cocolog_oekaki_2016_09_13_21_57
あお に 融ける。。

****
境界の滲んだトコロに住む色が、私はすきだ。
いろんなコトを許してくれる、とてもやさしい色だから。

あそこにはキミも居てさ、
それで私も居るんだよ。

ぼやけた輪郭がわらう。

(それはボクじゃないよ)
(だってボクは、そんなにぼやけちゃいないからね)

遠くで滲んだ声がする。
そっかぁ、と私もわらう。

滲んでてよく分からなかった。
 (滲ませて、分からない様にしてた)

じゃあせめて、さよならくらいは言わせてよ。
滲んだ声でも、届くでしょう?

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やどかりのだっそう。(オリジナル小話)

ぼくのいえ。
この背中にある、ちいさな愛しいぼくのいえ。

…はて?

これが「ぼくのいえ」だと
いつから錯覚していただろうか。

「いえ」とは総じて愛しいものだと
いつから錯覚していただろうか。

そんなことをぼんやり考えるうちに
暇そうに欠伸をしながら、沈む太陽はみえなくなった。

その晩ぼくは、そぉっと
「いえ」を置いて逃げ出した。
脱走しよう、思い立って。

全てが錯覚で済まされてしまうのはかなしかった。
そこにあるはずの、ほんの少しのホンモノが隠されて見えない今
一秒でも早くぼくは逃げ出さねばならなかった。
ホンモノを護る為の。脱走だった。

静かな月のよく見える場所で眠ると
おさない時の懐かしい夢をみて
すぐに目が覚めた。

目をつぶると、浮かんでくるのは見知った顔ばかりで
でもその中にいくつかもやがかかったものもあって
ぼくはすぐに、また目を開けるはめになった。

ながれぼしみたいな、きらきらした涙がこぼれた様だった。
誰かが願いをかけてくれたらいいのに、そんな我儘な想いを抱きながら
ようやくぼくは眠りについた。


翌朝。
目を覚ますと、「いえ」はいつもと変わりなくぼくの背中にのっていた。
不安も安心も孕んだその重みに、ぼくは小さく息をついて。

「ただいま」

ぼくはどこにも脱走できないままに。
「愛しいぼくのいえ」へと、帰宅するのだ。

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白雪姫は毒リンゴがお好き (オリジナル小話・未完)

「死にそうなくらいクソマズイですわ」
 そう吐き捨て、とてもこの世のモノとは思えない程に端正な顔を歪めた少女は、それでも鏡の認めた“この世で一番美しい”とされる姫であった。

 白雪姫は毒リンゴがお好き


「ただいまー」
「あぁー疲れたー!」
「お帰りなさいませ小人の皆さん」
 机の上にお皿を並べていた白雪姫が顔を上げる。1番に部屋に入ってきたご機嫌そうな小人が逸早く部屋の隅の赤い山に気づき、声を上げた。
「あー…白雪、またリンゴ届いたの?」
「見ての通りですわ。――まぁ、あまりにマズ過ぎてとても食べれたものじゃありませんでしたけれど」
 勿体無いので折角だから置いていって頂きましたの、と姫は細い指で順番にフォークを並べていく。山の上の方の一つを摘みあげて眺めていた別の小人が目を丸くした。
「え。なに、もう“毒見”しちゃったってこと」
「だって、美味しかったら定期的に持ってきて頂きたいでしょう? “味見”しなければ美味しいかどうかわかりませんもの」
 しれっという彼女の言葉に、小人の一人が額に青筋を浮かべふるふると震え、
「この尼…いい加減その癖なんとかしろよなァ!? 自分の立場わかってんのかてめェは!」
怒鳴ると、欠伸をしながらふにゃりと席につき机につっぷした小人も
「そうですよー姫ー。いつか本当に死んじゃいますよー」
そうのんびりと続け、1秒としないうちにぐぅと寝息を立て出す。食器を全て並べ終えた少女はぱんぱんと大きく手を叩いた。
「大好きなもので死ねるのであれば、それこそ本望というものですわ」
「…もうその辺にして、ごはんにしようよ……」
 もじもじと言ったのは、最後から2番目に入ってきた小人。
「ひーめー今日の夕飯なぁにぃ?」
「リンゴの天ぷらと、アップルパイ…それから……」
「おい……シメて良いか良いよな許されるよな」
 ばきばき指を鳴らす小人の肩をぽんぽんと叩いたのは、最後に入ってきた眼鏡の小人である。
「まぁまぁ、落ちつきなさいね。…ところで白雪、料理に使ったリンゴだけど」
「普通の、至極つまらない、毒が入っていないものに決まっていますでしょう? あれはわたくし専用ですから。文句があるなら食べなくて結構」
「…いっそ誰かはやく毒殺してくれって……」
「まーいいじゃない。リンゴ料理に関しては姫の右に出るものはいないんだからさ♪」
「じゃあほら皆、手は洗ったかな? 料理盛り付けるの手伝おうね」
「あっ、わたくしのは青い鍋のやつですからね!」
「おっけぇー了解だよ姫~」
「つまみ食いしたら許しませんわよ!」
「間違っても誰もしねェから安心しろ」


***

「…何? 失敗しただと?」
「はい……あ、いえ、正確には、確かに毒リンゴは食べたのですが、不味くて食えないと1つしか食べてもらえなくて」
「ちょっと待て。……えっ? 食べたんだよな?」
「え? はい、それはもう勢い良くもしゃもしゃしゃくしゃくと」
「……で?」
「で……って、不味いからもういいって言って、ある分は置いて帰れと僕を追い返しました」
 男は苛立った様子でお抱えの魔法薬師の胸倉を掴む。
「お前、適当なこと言ってんじゃねぇぞ?」
「えー、本当のことですもーん」
「毒リンゴを丸々1個食ってどうにもならないなんてことあるか! 失敗した口実をでっちあげてんじゃねぇのか!? あ!?」

「いいえ、彼の言っていることは確かです」
「!」

 威厳を纏い、どこか重々しい空気をかもし出す熟女がきっぱりと言い放つと、男はようやくその手を離した。
「……どうしてわかる」
「わたしの鏡がそう言っているから。…それに、貴方の選んだ毒のチョイスは、はっきり言ってナンセンス、あの娘じゃなくても好まないと思うわ?」
「恐れながら王子、僕もそう思います」
 僕でも食べたいとは思いませんと薬師がぼそりと呟くと、あら貴方わかってるわねと女も笑う。一人話に取り残された男は――白雪姫の美貌の噂を聞きつけた、とある国の王子であった――訳もわからぬ屈辱感に肩をわななかす。
「王子、残念ですけど貴方にあのお方は落とせません。諦めて国に帰りましょう」
「な……っ! もう一度、チャンスをくれねーか!?」
 女は首を振った。
「約束したはずですよ、1度きりだと」
「王子、しつこい男はもてませんよ。大丈夫、貴方は黙ってさえいればイイ男ですから」
 普通の女性なら好きなだけ引っかけられますよ、僕が保証しますと薬師はひょいと男の襟首を摘むと簡単に引っ張っていってしまう。
「王妃様、しばらくお世話になりました。お役に立てず申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ遠いところをわざわざ有難う」
「……見つかるといいですねぇ、姫の“王子”」
 女は曖昧に小さく笑っただけだった。

***

 一瞬、洗い物の手が完全にフリーズした白雪姫は
「――――っくしょいん!!」
「おぉ…大丈夫ー? かぜひーた?」
すん、と鼻をすする。
「ううん…多分、ですけれど、噂でもされてるんでしょう。あのクソばばに」
「王妃様もよく懲りねぇな。何年越しの毒殺計画なんだか」
「ここまで毒に耐性がついた人間を毒殺するのは中々に難しいでしょうねぇ」
 姫は憂いの表情で、ほぅと息をつく。
「最近は、ブレンドの類が多いのですけれど……「単品毒が一通り効かなかったからね」正直味が複雑になり過ぎて、イマイチですのよね」
「姫、お言葉だけど、誰も美味しく食べて貰おうと思って毒リンゴ調合してないと思うよ?」
「それはそうでしょうけど……やはり真の毒リンゴと言うものは、味まで完璧にして初めて成り立つものと思いますわ! クソマズイ毒リンゴなど、毒リンゴの風上にもおけな「お前その辺にしてそろそろ黙れよクソ尼」」

***************

…ていう、こんな感じの毒リンゴマニアな白雪姫のお話が書きたいと
ずっと思っているのよね~(-◇-*)
つーか小人7人もいらないww じゃまくさいんだけど←

042hime

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歪な標本 (オリジナル小話)

Cocolog_oekaki_2015_07_28_23_00
とおい昔、
“海”の記憶をあたしにくれたヒトがいた。

(しずめて、しずめて はるか彼方)
(それはいつしか あたしの“空”になった)

月が欲しいと願う頃には
ナミダもきっと枯れ果てて
乾いて乾いて仕方ない

やがてあたしも枯れ果てて
得体のしれないナマエつけられて
標本にされて

できあがった、

小さなミイラ。

(それは、“あたし”と呼ぶにも ”あなた”と呼ぶにも)
(少しばかり、歪過ぎるカタチをしていた)


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キミに会えれば。 (オリジナル小話)

元気なキミも、沈んでるキミも
キミはキミじゃない。

だから、いいんだよ。

キミは「こんな自分じゃ誰にも会えない」って言うかもしれないけどさ?

わたしも、あの子も
キミに会えることが嬉しいんだよ。

それがどんなキミでもね、
「キミ」に会えることが嬉しいんだよ。。。

Cocolog_oekaki_2015_05_28_20_37

(嘘だと思うなら呼んでみてよ)
(きっと会いに行くからさ、キミに。。)

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ヤマアラシのジレンマ (オリジナル小話)

「抱きしめたい程に好きなのに、傷つけてしまいそうで、こわいのです」
 大きな身体を小さく竦めて言う彼は、長々と息をついた。ボクは、ふぅん、と首を傾げる。
「あなたになら、分かってもらえるんじゃないかと思って」
「どうして」
「それは――だって、“ジレンマ”という奴ですよ?」
 言いたいことは分かった。だから、そんなに鼻息を荒げて近寄らないで欲しいと思う。
「キミが、ミジンコのお嬢さんに対して“ジレンマ”を抱えていることはよく分かるけど。生憎、ボク達ヤマアラシはジレンマを克服した生き物でね」
「えっ、そうなんですか?」
 それを聞くと、彼はとてもがっかりとした様だった。

 次に訪れた彼女もまた、“ジレンマ”を抱えていた。
「私が触れるとヤケドしてしまうらしいの」
 だから触れないし、手も繋げないという彼女は、河と同じ色をした爪をきらきらさせている。その爪先から泡でも出てきそうな雰囲気だったので、「キレイだね」と言うと「彼の好きな色なんだ」と微笑んでくれた。
「思わず触れてしまいそうになったことも、何度かあったんだ。彼は、触ってもいいよって、言ってくれるんだけど」
「なら、触っちゃえばいいじゃない」
 うーん、と彼女は困り顔で
「それが簡単に出来れば、ここにも来ないのだけどね」

***

「人間なんて、余程ヤマアラシよりもジレンマ抱えているよね」
 ぶっきらぼうなボクの言い方に一瞬だけキョトンとして、少女はゲラゲラと笑いだした。
「そうかもね」
「いい加減、ヤマアラシはとっくにジレンマなんてもの克服したって知って欲しいよ。ていうかさ、ボクに言わせれば人間のジレンマをヤマアラシに押し付けんなって感じなんだよね!」
「そんなにイヤなの、ジレンマ」
「ヤって程じゃないけどさ」
 じゃあ何がそんなに不服なのかしらと面白そうに目を細めると、少女は少しだけ大人びて見える。
 膝の上の温かさにボクは段々とうとうとしてきて、あくびをひとつ、かみ殺した。
「――私は、そういうの羨ましい」
「どうして?」
「大事にしているんだなって分かるから」
 少女が緩やかに身体を丸める。ボクの針のいくつかが、彼女のやわらかな部分に浅く刺さった。
「それって、ボクにジレンマがないことがヤなのかい?」
 そうは言ってないわ、詰まった様なかたい呼吸が辛うじて言葉を紡ぐ。
「私もあなたと同じだもの。でも、あなたに話に来た人達の気持ちも、よく分かるんだ」

 初めて少女に出会った時のことを、ボクはよく覚えている。
『痛みがないと、眠れないの』
 そう言った彼女は、泣けない代わりに仕方なく笑っている様だった。それがもう、悲しいくらいにクセの様になってしまっているのがよく分かったから、ボクは彼女の“寝床”となることに決めた。

「――さっきの話」
「うん?」
「ジレンマがなくてイヤなのかって、奴だけど。私は、自分が大事にされてること分かってるし、あなたの針はとても優しいから、全然問題なんてないのよ」
 ちらっと見上げると、少女はもうすぐ眠ってしまう様だった。身体の中の、もっと深い処にある“何か”に刺さったボクの針は、――確かに“何か”に刺さりはするのだが、それが何なのか、ボクにもまだ分からないんだ――彼女曰く“とても優しい”と言うが。
「…そんなコト言うのは、後にも先にもキミくらいだからなぁ」
「ふふ、どうだろうね?」
 触れるだけの軽いキス。
「おやすみなさい」
「おやすみ」

***

例えばボクが。

『彼女がぐっすり眠っているこの瞬間、何かの拍子で誤って、この針で刺殺してしまったなら。』?

叶えたい望み、欲望と
それによって失われるモノ、被るコトを天秤にかけて――
傾くことを恐れるのは「理性」。それと「本能」が擦れて、生じる摩擦が所謂「ジレンマ」と云う奴なのだろう。

(――出来ないってことは所詮、それだけのもんだったって、コトだろう?)

ならば初めから天秤なんぞにかけてやらなければいいのだ。
どちらも得る覚悟で、丸ごと受け止めてしまえばいいのだ。
その覚悟があれば、ジレンマなんてきっと生まれない。――ボクや彼女の様にね。
“ヤマアラシ”は、そうやってジレンマを克服したんだとボクは聞いている。

それは、ただ単にボクらが不器用なだけなのかもしれない。
もっと他に、甘い蜜だけを吸える方法はあるのかもしれない。

けれど、そこにこそ「代償を払う価値」を見出してしまうからには――
時折痛みに歪む、その表情の愛しさに――


「…やめられないんだよなぁ。……あ、これがジレンマか」

(ボクが見る夢はいつだって甘美だ)
(キミはそのコト、知ってるの?)


『ヤマアラシのジレンマ』

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からまわり (オリジナル小話)

からからまわり
からまわり

からからからから 音たてて
乾いた道を 転がって

どこへゆこう、
どこへゆく?


からから乾いた喉が鳴る
あげてしまった空水筒
「いらないから」と捨てられない


からからまわり
からまわり

あめの降らないカラ道を
「もうすぐだから」と転がって
からから雲に嗤われる

もうすぐだって、
どこだって?


からからまわり
からまわり

どんなにからまわったって
どこにもたどりつけなくて


(からからなるのはこころの空洞)
(からっぽだから)

(よく響く。。)

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手 (オリジナル小話)

おかえり。

そんな言葉が口をついて出た。

昔、あたしの手に居て離れていったものが
またここに戻ってきたっていう、それだけで。

不思議と、懐かしい心地がするの。

まるで、ずっと失くしていた「あたし」の一部みたい。


(そうしたらね、愛せる気がするのよ)
(ぼろぼろな皮をまとった小さい手)
(何かに誰かに触ることも躊躇ってしまうような)
(醜くて、みっともない手)

みたい、じゃなくて、きっとあたしの「一部」だった。

(また居なくなってしまうのが、少し寂しいくらいに、、)

(これがあたしの、「手」なのだった)

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色眼鏡 (オリジナル小話)

“好きな人”
イイトコロしか見えないなぁ

“嫌いな人”は
どこもかしこもヤナトコロにしてしまう

まるで
眼鏡をかけたままお風呂に入ってしまって
視界がくもって初めて、
「眼鏡」の存在に気付いた時のように

歪みきったせかいを
「裸眼」なのだと錯覚することは
多分、よくあるはなし。

色眼鏡、便利で不便。
見たい部分だけ見せてくれる優しさに (ただし歪んでいる)、
余計なトコまで勝手に付け加えて行くお節介 (ただし以下略)

誰の断りもなくいつの間にか
勝手にわたしの中に潜り込んでる

一度それを通して見たら最後
色濃くインプットされた歪みの世界が
たちまち現実と成り替わって――

ああそうしてまた、
せかいはすこしずつ
歪んで行くのね。。

今日はもう、アイマスクをして何も見ずに寝るわ。
濃い色の刺激に
どこもかしこも、すっかり疲れてしまったから



眼鏡を外して
おやすみなさい。。。

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